Missionphase -6


 
 

「今のは・・・一体?!」

 『封印樹』に大地の聖霊エネルギーを注がせ続け、一時間が経過しようとしている。
 じわじわと吸血されるような疲労と倦怠を、レミーラも自覚せずにはいられなくなっていた。薄紙を重ねていくようなダメージの感覚は、決して心地よいものではない。だが、地下異次元に突入した殲滅メンバーの命を背負っていることを思えば、気の抜ける瞬間などあろうはずもなかった。ここまで表面的にはなんの変哲もない、しかし静かな、永続的な闘いがレミーラの内側で繰り広げられてきた。
 初めて起こった、変転の予兆。
 柔和のなかにも清廉の香りを漂わす美少女の面貌に、緊張が錯綜する。
 
「スミレさん、感じましたか?」

 スギの巨木から伸びた蔦触手を肩に吸い付かせ、レミーラ同様生命エネルギーを与えている、隣りの紫仮面の巫女に声を掛ける。
 押し黙ったままの『闇巫女』ファイターは、大地の聖霊騎士に言葉を返そうとしなかった。
 
「・・・アヤメさん、キキョウさん、悪意のような今の波動・・・ブリードからの攻撃の一種と考えられませんか?」

「・・・そう・・・ね・・・」

 3人の『闇巫女』のなかではリーダー格に当たる青仮面の巫女の返答は、やけにゆっくりとレミーラに届いた。
 
「アヤメ・・・さん?」

「間違いなく・・・今のは・・・こちら側への攻撃・・・だったわ・・・」

「大丈夫ですか、アヤメさん? もしや、先の攻撃を受けて・・・?!」

「心配しなくても・・・いいわ。ナイトレミーラ」

 仮面の奥で、相好の崩れる音を確かにレミーラは聞いた。
 
「ブリード様の下僕であることを・・・思い出した、だけだから」

 大地を蹴る響きが同時に3つ。
 緑衣とプラチナの聖霊騎士の周囲に、巫女装束の影が刹那に一斉に湧き上がる。
 
「どういう、ことですか?」

 咽喉元。心臓。うなじ。
 鋭い短刀を突きつけられ、明確な殺意に包囲された美少女が、静かな声で問い掛ける。
 
「とうに悟っているくせに。顔に似合わず空々しい台詞を吐くヤツだ」

 背後に回った黄色の仮面・キキョウが、切り揃えられたプラチナの前髪をグイと鷲掴む。
 
「私たちがブリード様の配下にあることは察知済みだろう? だがそうとわかっていても逃げられないのが、大地の聖霊騎士の運の尽きというわけだ」

「巧妙に、正体を隠したものですね。不覚にも、つい今ほどまで気付けませんでした」

「それは仕方ないというもの。なにしろ種が眠っている間は、思考も行動も以前の我々となんら変わることはないのだから」

 聖衣の上から的確に心の臓器に狙いを定めたアヤメが、一切の感情を切り捨てた口調で呟く。
 
「我々はブリード様の完全なる道具。屠るべき相手の屠るための情報のみを受け継ぎ、臣下として覚醒する。ブリード様の帝国を拡充するために」

「結界から放たれた先の波動が、覚醒を呼び起こしたんですね」

「種の授与者が覚醒した。子たる我らはその恩恵を賜った」

 授与者・・・アザミさんのことね。
 あらゆる点が、レミーラの脳裏でひとつの線に繋がっていく。唯一の生存者。種により配下を増殖させるブリードの能力。他組織である『FK』への協力依頼。レフィアとレミーラを合理的に分断する作戦の実行・・・
 私たちは、ブリードの新たな下僕として狙われたのだ。
 妖魔の手下として『闇巫女』に戻ったアザミは、密かに仲間を増殖させ、ブリードの支配を闇のうちに広げていったのだ。ガイア・シールズ内でも高い評価を得ている『フェアリッシュ・ナイツ』のファイターは、強力な手駒として標的にされた。通常は退魔巫女の顔のまま、行動に妖魔の思惑が滲み出ていたとしても不思議ではない。アザミ、そして3人の仮面巫女たちは、本来の人間性を表出させながらも、無意識の内に若き聖霊騎士を処刑計画へと引き摺り込んでいった。
 ブリードの操る術が単なる洗脳系の技法であったなら、深慮を欠かさぬレミーラや、並ならぬ勘の鋭さを持つレフィアは、とっくに悪意を察しただろう。
 厄介なのは、種の覚醒期間中でしか堕ちた本性が露わにならないことであった。
 覚醒時には妖魔の手下に。そうでなければ元のアザミに。善と悪を行き来する二面性が、若くとも経験を積んだ聖霊騎士たちの警戒を解き除いたのだ。
 
「地下への結界を開いておくためには、お前は大地の聖霊力を『封印樹』に注ぎ続けねばならない。闘うことも、逃げることもできないというわけだ」

「ひとりこの場に残った時点で、貴様の運命は決まっていたのだ。ナイトレミーラよ」

 ゴキュゴキュ・・・触手の嚥下の響きが深い森林に呑み込まれていく。
 レミーラを囲んだ3人の黒白巫女は、取り出した呪符を翠玉の聖衣に貼り付けていく。全身をくまなく覆っていく漆黒の呪符。淑やかな美少女の奥歯がキリと澄んだ音色をこぼす。
 
「コア・クリスタルには特別に強力な呪符を貼ってあげよう」

 胸、腰のバックル、額のサークレットに輝く水晶玉に一際大きな呪符が、3人の仮面巫女によって念入りに貼り付けられていく。
 両腕を蔦触手に絡み取られ、漆黒の魔呪に覆い尽くされた大地の聖霊騎士。
 妖魔の罠に陥った悲痛な姿のなか、ただ瞳だけが変わらず強い光を放っている。
 
「漆黒の炎よ、大地の聖霊騎士を燃やし尽くせ」

 黒炎が翠玉の聖衣を包み込む。
 鈴のような金切る悲鳴が、森深い山中にこだました。
 
 
 
「カ・・・ルラ・・・・・・」

 ナイトレフィアの半ば放心した呼び掛けに、うつ伏せで横臥したままの檸檬色の少女はなんの反応も示さなかった。
 捲くれあがったフレアミニから伸びた白い脚。躊躇なくさらけ出された引き締まった腹筋。長い睫毛を閉じたままの勝ち気で愛らしい顔。その全てが、おびただしくドクドクと流れる朱色に染まっている。
 妖魔ブリードの苛烈な攻撃に散った、萌黄の風天使オメガカルラ。
 血祭りにあげられた無惨な姿は、魔法陣に囚われた無力な火焔の騎士の目前に嘲笑うように晒されていた。
 
「好きなように扱え。肉体が破損しない程度にな」

 アザミの声を待っていたかのように、蔦で覆われた緑魔人が十数匹、茂みより躍り出る。
 餌に群がるハイエナのように。惨死したカルラの屍を奪い合って掲げるや、洞窟の奥へと連れ去っていく。
 跡にはただ、戦乙女が流した大量の血が、大地を黒く染め上げるのみ。
 
「あの小娘もなかなかの好素材。下級妖魔どもをたっぷりと慰撫したあとは、ブリード様の忠実な下僕として使ってやろう。思わぬところで良い拾い物をしたものだ」

 感情の乏しいはずのアザミの声には、明らかな愉悦が隠されもせずに現れていた。
 
「みすみす殺されに来るとは愚かな小娘よ。助っ人などと息巻かねば長生きできただろうに。ブリード様に串刺しにされたときの、あの無様な鳴き声・・・愚者の末期にはまさに相応しい」

「ううッッ・・・ううおおおおおッッ―――ッッ!!!」

 咆哮が、異世界の大地を揺るがす。
 聖衣の両胸部分とミニのスコートを溶かされ、素肌を露出させたナイトレフィア。レイプを想起させるその格好とはあまりに不釣合いな裂帛の気合が、魔界の空気すらも震撼させる。
 瞳が、炎の緋色でたぎっている。
 胸の中央で水晶体が燦然と輝きを取り戻す。錯覚か?! いや、紛れもなく、レフィアの内部で聖霊の火焔は猛りを戻して昇り立っている。
 
「死に逝く者の言葉を、真に受けたか」

 薄い唇を吊り上がらせたアザミが、全ての力を解放するレフィアの真正面に立つ。
 
「動けないのは力が足りないからだと?! この巨大魔法陣のパワーを、貴様ごときが破れるとでも?!」

 ケラケラと笑う黒髪の巫女。見たことのない醜い笑顔が、レフィアの目の前に突きつけられる。
 
 グシャアアッッ!!
 
 有り得ない現実を認識するより早く、激痛と脳を揺さぶる衝撃がアザミを襲っていた。
 火焔の聖霊騎士、渾身のアッパーブローが細い顎を砕き、巫女装束を宙空に舞わせている。
 
「カルラァッ!! あなたは不利とわかってても、全力でブリードと闘ったッ!! あたしが簡単に諦めるわけにはいかないッッ!!」

 ズ・・・ズズ・・・・・・
 動く。
 苦痛に震えることしか許されなかったレフィアの身体が、わずかではあるが確かに動く。爪先が数cmの単位で前に進む。
 魔法陣の圧倒的パワーに必死で抵抗する火焔の聖霊力。
 ほんの少し、わずかづつの前進。だが六芒星の結界を越えさえすれば、レフィアには再び自由が蘇る。
 
「レミーラがあたしを信じて待ってくれてるッ!! 負けるわけにはいかないッッ!! あたしはブリードを倒してッ、必ず還らなきゃいけないのよォッ!!」

 ズズ・・・ズリ・・・ズズズ・・・・・・
 意志の力は、聖霊騎士の真の力は、これほどまでに強いのか。
 通常の何十倍もの威力を誇る巨大魔法陣。漆黒の電撃を浴び続けながら、その戒めから今にも脱しようとしている火焔の騎士を、アザミは憤怒と屈辱に焼かれながらも驚愕の視線で見詰めた。
 
「ごぶッ、ぶぶッ・・・お、おのれェッ!! ナイトレフィアァッ!!」

 串状の千本が、光を返して放たれる。
 4本投擲された武器は、全てレフィアに素手によって叩き落されていた。
 あれを素手で落とすか?! 何という武の手練。いやそれ以上に脅威なのは、魔法陣のなかにあってあれだけ動ける事実。
 追い詰められた聖霊騎士が、よもやここまでの力を発揮するとは・・・!!
 
「ブリード様ッ、あやつを魔法陣から抜け出させてはなりませぬッ!」

 ズリッッ!!
 ブーツを履いたレフィアの右脚が、地に描かれた境界線を踏み越える。
 
「ナイトレフィアをッ・・・その場に留めるのですッ!!」

 蔦触手が風を切って唸り飛ぶ。
 殺到する、触手の束。その先で光る真紅。見上げるレフィアの瞳が、まさかの映像を写して見開かれる。
 
 ドジュウウウッッッ!!!
 
「うがァああああああッッ―――ッッ!!!」

「お見事です、ブリード様」

 レフィアの愛槍、ヴォルカノン。
 穂先だけで1mを越すその刃が火焔の聖霊騎士の左太腿を抉り刺し、貫通した刃先が深く大地にめり込んでいる。
 投げつけた炎の聖槍を、逆に武器として利用するなんて。
 脳天を衝く激痛に、己の武器で地に縫い付けられた真紅の乙女が、ガクガクとそのグラマラスな肢体を揺らす。
 
「自分の武器を自らの身体で味わう気分はどうだ、レフィア?」

「うッ、ぐううッッ~~ッッ・・・うああッッ・・・」

 貫き通した白い太腿を、ジュウジュウと焼いていく火焔の長槍。
 召還した聖具は本来レフィアの意志で消せるはずなのに、聖霊騎士を貫いた真紅の杭は、一向にその串刺し刑を解こうとはしない。
 
「無駄だ。魔法陣の内にある間は、火焔の聖霊力は闇の呪術に覆われる」

 ニタリと笑うアザミの口腔は、ドス黒い血でいっぱいになっていた。
 顎を砕かれた巫女が、全身を汗で濡れ光らせた少女の傍らに立つ。その手が太腿を貫く槍へと伸びる。
 ただ、レフィアを苦しめることを目的に、主人を貫いたヴォルカノンがギュルギュルとねじ回される。
 
「ぐあああッッ?!! ああああッッ~~~ッッ!!!」

「いい鳴き声だ、レフィア。ブリード様を傷つけた、貴様の罪は重い」

 ドクドクと溢れ出る血潮を押さえんと太腿に当てられた真紅のグローブを、巫女の手が掴む。
 両手首を掴まれたレフィアの肢体は、アザミによって強引に上下に引き伸ばされていた。
 
「もはや、この私に抵抗する力すら残されていないか」

 鋭利な串がレフィアのふたつの掌を貫き通す。
 両腕を頭上高く掲げた姿勢のまま、真紅の聖霊騎士の両手は無数の千本によって愛槍ヴォルカノンに縫い付けられていく。
 
「ぎあァッ!! あぐうッ!! うあッ、あああッ!!」
 
「真紅の槍に縫い付けられる、真紅の聖霊騎士・・・美しく、惨めな姿ね」

「ぐうッ、ぐッ・・・うぐぐ・・・あ、あたしは・・・負けない・・・負けられ・・・ないんだからッ・・・」

「身体は動かずとも気力は炎のごとく燃え続けるか。だが、貴様はもう終わりだ。『闇巫女』秘伝の拷問術で・・・苦痛の極みで死に絶えよ」

 銀光を跳ね返す串状の千本が、レフィアの目の前に突きつけられる。
 
 ズブ・・・ズブブ・・・・・・
 
 次の瞬間、極大の針とも言うべき金属の串は、剥き出しにされたレフィアの豊かな左乳房に横から突き刺されていた。
 乙女の柔らかな果肉に、躊躇うことなく魔巫女は鋭い串を埋めていく。
 
「つあああッッ!!!・・・ううッ、ううううゥゥッ~~~ッッ!!!」

「柔らかく、弾力があって、瑞々しい魅力に溢れた乳房ね。・・・ズタズタにしてあげるわ」

「はくうッッ?!! ぐううッッ~~ッッ!!! ああッ?! あああッッ――ッッ!!!」

 左胸から突き刺された千本が、右胸までも一気に貫いていく。
 じっくりと女性のシンボルを抉られていく地獄の悶痛。17歳の少女にとって、女であることを踏み躙られるその嗜虐は苛烈に過ぎた。
 
「ふふ・・・あまりの苦痛に乳頭が屹立してしまっているわ。ここにも打ち込んで欲しいのかしら?」

「あああッ、ぐううッ~~ッッ!!・・・や、やめェェッ・・・やめ、てェェッッ・・・」

 ガシリと握り潰される、豊満な果実。
 ピンクの突起の先、かすかな窪みに新たな銀色の千本が当てられるや、ズブズブと容赦なく美巨乳の内部に埋められていく。
 
「ぎいいィッッッ!!! ぎィゃああああああァァッッ~~~~ッッ!!!!」

「安心するがいいわ。もうひとつの乳房にも、忘れず埋め込んでくれる」

 地下異次元世界に、少女の痛切な絶叫と地獄絵巻が展開されていった。
 ふたつの乳首に根元まで刺し込まれた金属製の串。
 乳房を上下左右に貫くもの、4本。お臍の穴に埋め込まれたもの、5本。秘所の敏感な萌芽を貫いたもの、2本。
 二の腕、肋間、爪の間、太腿、腋の下・・・常人ならそれひとつで発狂は免れないと思われる嗜虐の串が、レフィアの肢体に埋められるたび、痛哭の悲鳴が無惨に搾り取られていく。
 これが誇り高き『フェアリッシュ・ナイツ』の姿なのか。
 汗と血にまみれ、激痛にただヒクヒクと痙攣するしかないショートヘアの少女。
 壮絶な苦悶地獄に呑み込まれ、レフィアはもはや、哀切な悲鳴をこぼすひとりの女子高生へと変わり果てていた。

 


 
「あァ・・・あぐ・・・うああッ・・・・・ア・ア・ア・・・」

「さすがの生命力ね・・・全ての千本を埋め込まれて、まだ発狂しないとは。だが激痛に貪り尽くされたその身体、すでに満足に思考することすらできまい」

 アザミの右手には金色の鈴が連なった神楽鈴・・・特殊音波を操る、『闇巫女』の武具が握られている。
 
「トドメだ、ナイトレフィア」

 シャンッッ・・・
 右手の一振りと同時に、甲高い鈴の音色が染み渡る。
 囚われの聖霊騎士に叩き込まれた破壊音波は、銀の千本を震わせ、破壊震動をレフィアの内部に何十という箇所から注ぎ込む。
 
「キャアアアアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」

 銀の串が微塵に粉砕し、レフィアの全身から鮮血が噴き出す。
 ガクンと垂れる、紅色のショートヘア。
 ゴボゴボと白い泡を垂れ流す少女戦士の瞳は、もはや何も映してはいなかった。
 
「ブリード様、安心してはなりません。ガイア・シールズ内でも高く評価されている『フェアリッシュ・ナイツ』の生命力・・・こやつは気絶しただけで、未だ命の炎は消えておりません」

 地に転がる真紅のロングソード、レフィアもうひとつの聖武具スカーレット・アイリスを拾い、アザミは恭しく巨大妖樹に向かって差し出す。
 
「胸に輝く水晶体コア・クリスタル・・・こやつらの聖霊力の源を絶たねば『フェアリッシュ・ナイツ』は死なず。ブリード様、この剣でナイトレフィアの胸を・・・クリスタルを破壊して、処刑下さいませ」

 うねる蔦触手が、スカーレット・アイリスの柄に絡みつく。
 失神したレフィアの胸に。コア・クリスタルに。ロングソードの切っ先はピタリと照準を合わせた。
 ポトポトと血の雨を全身から降らす聖霊騎士に、迫る死地を跳ね返す力は、残されていなかった。
 
 
 
「・・・予想以上の生命力だな。我らの術程度では、『フェアリッシュ・ナイツ』には通用せぬか」

 青い仮面を被った巫女が、冷ややかな口調で見下ろす先の少女へと吐き捨てる。
 襟足で切り揃えたプラチナブロンドが眼にも美しい可憐な乙女。
 3人の仮面巫女による執拗で休みなき呪術責めによって、大地の聖霊騎士ナイトレミーラを守るエメラルドグリーンの聖衣は、数百の猛獣の牙に襲われたようにボロボロに切り裂かれていた。
 その両腕は蔦触手に巻きつかれ、『地』の聖霊力は絶えず吸引され続けている。
 異次元への扉を閉じさせないため、逃げることも闘うことも許されない大地の聖霊騎士は、嘲るようなリンチにあって尚、ただ立ち尽くし耐え続けるしかなかった。
 
「・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

「おとなしい顔をして、侮辱したような眼つきをする。不愉快な小娘だ」

「苛立つな、キキョウ。レミーラのこの耐久力は想定済みだ」

「『フェアリッシュ・ナイツ』がいかに高い防御力を誇ろうが、聖霊の力に護られていようが、『封印樹』の拘束から逃れることだけはできない。ねえ、ナイトレミーラ?」

 紫仮面のスミレの声には、嘲りと皮肉がこれ見よがしに込められている。
 もしレミーラが本気を出せば、蔦触手を振り切ることはもちろん、3人の魔巫女を一掃することも決して難しい作業ではないだろう。
 だが、できない。してはならない。レミーラは『地』の聖霊力を『封印樹』に捧げ続けねばならぬ。地下異次元への扉を開き続けねばならぬ。反撃できぬのをいいことに、嬲り責める妖魔の手下どもの卑劣な攻撃を、ただじっと耐えるしかないのだ。
 レミーラが逆襲しようというのなら、方法はただひとつ。
 地下に突入したレフィアを始めとするメンバーの命を、見捨てる他はない。
 
「仲間のために身を削って結界を開き続ける。健気なものね。その殊勝な心掛けのご褒美に、お姉さんたちがたっぷりといたぶってあげるわ」

 正面と真横、三方向から囲った巫女の包囲が、グイとその距離を縮める。
 
「我らの術で殺せぬならば、その命、吸い尽くすまでだ」

 妖魔に堕ちた仮面巫女たちが何をするつもりなのか、台詞を聞いた瞬間、レミーラは悟っていた。
 だが、それでも人形のような乙女に抵抗の手段はない。どのような責め苦を浴びせられようと、開いた扉を閉じさせるわけにはいかぬ。
 リーダー格のアヤメが己の左肩に絡みついていた蔦触手を強引に引き抜く。
 触手の先でパカリと開いた真っ赤な口。植物とは思えぬ凶悪な吸引口が、すかさずレミーラの白い太腿に押し付けられる。
 
「んッ・・・!」

 あっと思う間もなく右脚全体に絡みついた濃緑の触手は、ゴキュゴキュと大地の聖霊力を嚥下していく。
 
「もはや我らが律儀に『封印樹』にエネルギーを注ぐ必要はない。触手は全て、貴様にくれてやろう」

 アヤメの声を合図に、残り5本の吸引触手が一斉に巫女の肩口から抜かれる。
 首筋。臍。乳房。脇腹。内股。
 魔巫女の手に握られた触手は、スレンダーな少女の肢体に容赦なく突き立てられていく。
 
 ゴギュウゴギュウゴギュウッ・・・!!
 
「ああッ?! うああああッッ・・・!!」

 4倍に膨れ上がった負荷。
 『地』のエネルギーを求める妖樹の吸引を、ただ一身に背負う羽目になったレミーラの口から、たまらず辛苦の喘ぎが洩れる。生命を奪われている実感。圧し掛かる疲労。すでに一時間以上生命力を捧げていたレミーラにとって、膨大に増加したこの負荷は骨の髄まで響くほど過酷であった。
 
“ち、力が・・・抜ける・・・全身から・・・・・・た、耐えないと・・・なんとしても私が・・・持ちこたえないと・・・”
 
「あッ・・・ああッ・・・・・・くッ・・・ううゥッ・・・」

「どうしたの、レミーラ? 全ての蔦触手が吸い付いてから、まだ10分も経っていないのに、脚がガクガク震えてるじゃない」

「4人で残り一時間耐えるところが、ひとりになったのだ。計算では約15分が限度」

「もちろん、息絶えるのをじっと待つほど我らは甘くない」

 肩で荒い息を吐き始めたレミーラの聖衣に、3人の巫女の手が伸びる。
 聖霊力の大部分を奪われ、絶対の防御力を誇るボディスーツは無惨なまでに脆くなっていた。すでにボロボロの聖戦衣。狙いを定めた指が裂け目に差し入れられるや、ビリビリと生地を剥ぎ取っていく。
 
「キレイな乳首。アソコの襞も美しいピンクだわ」

 笑いを湛えたスミレの声が、侮蔑の響きを伴ってレミーラの耳朶を叩く。
 胸と股間部分の聖衣を切り取られ、大地の聖霊騎士はふたつの乳房と淡い茂みに隠された秘部とを6つの眼の前にさらけ出していた。
 8本の触手に貪られ、屈辱的な姿で哄笑を浴びるレミーラ。
 傍目から見る戦乙女の姿は、妖魔にいいように嬲られる惨めな晒し者でしかない。
 
「見ろレミーラ。こんなにもコリコリに固くなっているぞ。小娘のくせに随分敏感じゃないか」

 指の腹が、ピンク色の頂点を柔らかにこね回す。なだらかな稜線を描いた胸の双房と、股間の先で小さく尖った萌芽。仮面巫女はそれぞれに分担を決め、レミーラの乳首とクリトリスとを集中的に愛撫し始めていた。くりくりとこね、摘み、捻る。みるみるうちに充血した三箇所の小豆は、ふと触れられるだけでも痺れる疼きを下腹部に突き刺すほど敏感になっていく。
 
「な、何・・・を・・・」

「精も根も吸い尽くしてくれるわ。女子高生のウブな身体に、『闇巫女』秘伝の寝房術はキツすぎようが」

 三点への指愛撫は執拗にして極致的であった。
 強く弱く、激しく緩慢に。刹那の隙なく刷り込まれる煽情の指遣い。ギチギチに硬直した突起がポロリと取れてしまう幻覚が起こるまでに、官能の刺激がひりひりと練りこまれていく。
 
「んッッ・・・くふぅッ・・・いぎッ・・・」

「どうしたの、聖霊騎士さん? 気持ちよさそうな喘ぎが洩れてるじゃない」

「我慢してもムダだ。もはや貴様のカラダは欲情したメスそのもの」

 一心不乱に注がれる熟練の性戯の前に、対する少女・各務澪巳の肢体はあまりに無力であった。
 獰猛な3匹の肉食獣の檻に投げ込まれた、手足を折られた獲物。
 限界近くまでエネルギーを捧げた身体から、性の蜜を舐め取るような粘着な愛撫。朦朧とするレミーラの意識に、悦楽の波動のみがこれでもかとばかり矢継ぎ早に送られる。
 
“んくうッッ!! あ、あくッ・・・お、おかしく・・・おかしくなっちゃう・・・こ、こんなッ・・・む、胸がァ・・・痺れ・・・”

 すりすりすり・・・
 桃色の疼きを掻き集めるように、巫女の指が3つの敏感豆をしゅりしゅりとこね回す。屹立した頂点は、休むことない摩擦によって淫靡なまでに赤々と艶光っている。
 まるでブレのない、集中的な官能責め。蕩けきったレミーラの極感点に官能のドリルがギュルギュルと挿し入れられていく。
 
「くふううッッんん!! んああッ・・・や、やめェェッ・・・は、放しッ・・・」

 ぷちゅ
 くちゅ・・・ちゅぷ・・・くちゅちゅ・・・
 
「きゃふうううッッんんんッッ!!! ひゅああァッッ、やめえええッッ――ッッ?!!」

 ビリビリと痺れるまでに硬直した3つの萌芽を、魔巫女は一斉に口に含んでいた。
 生温かな唾液がトロリと少女の官能センサーを包み込む。これまでの愛撫とは一線を画す、柔らかく、蕩けるような天上の愉悦。レミーラの淫情を一息にレッドゾーンまで引き上げる快楽に、たまらず乙女は嬌声の悲鳴をあげていた。
 悦んでいる。少女の肉が。未体験の快感に、どうしようもなく細胞が火照る。声をあげねば発狂しそうなほど、官能の津波が怒涛となって純真な乙女を呑み込んでいく。
 
“ダメェッ、ダメェェッ~ッ、こ、こんなのォ・・・お、おかしく・・・ヘンになっちゃッ・・・ふうッ・・・あひゅうッ・・・狂っちゃッ・・・んきゅふうッッ~~ッ・・・許しッ・・・も、う・・・許ひィッ~~ッ・・・”

「ふふふ・・・予想通り、不死身を誇る聖霊騎士さんもこちらの責めには脆いようだ」

「では、こんな責めはどうだ?」

 崩壊しかかる理性を必死につなぎとめ、棒立ちのままプルプルと震える可憐な少女。
 透明な涎を垂れ流す股間から頭を離した青仮面のアヤメが、プラチナの髪を掴むや尖らせた舌を白い耳に挿し入れる。
 
「ひィうううッッ?!!」

「案外クルだろう? 耳責めはアソコを責められるも同意」

 ぐちゅうう・・・クチュ・・・ちゅばああ・・・
 くすぐったいような、蕩けるような未経験の刺激。生温かい吐息と大音響で耳内にこもる淫猥な響きが、過剰に劣情を昂ぶらせる。触覚と聴覚にダイレクトに訴える愛撫。ナメクジに脳を犯される感覚に、レミーラのスレンダーな肢体が壊れたようにヒクンヒクンと波打つ。
 
“あッ! あッ!・・・耳ィ・・・やめェェ・・・お、おかしく・・・ひうッ! と、とかされちゃう・・・だめェ・・・だめえェェ・・・も、もう・・・壊してええェェ・・・”

「あくッッ・・・くふうゥん・・・・・・ひゃッ・・・ひゃめェェッ・・・ひぎィィッ・・・」

 もはや意識も混濁したか。
 哀れなまでに乱れ踊る美少女の痴態に、陵辱者の嗜虐心は沸点を迎えた。
 
「我が身を護る聖霊の戦衣で・・・果てるがいいわ!」

 右の乳房を担当していたキキョウが、執拗に絡ませた舌を突起から離す。光る唾液の糸が、巫女の唇と美少女の尖った乳首との間に橋を架ける。
 乱流のさなかのわずかな安息。淫獄の渦のなか、辛うじて身を支える聖戦士に、弛緩の隙間が生まれる。
 荒々しく翡翠色のケープを鷲掴んだキキョウの右手は、レミーラの隙間を穿つようにその股間に突き入れられた。

 


 
「はああうううッッ?!!」

 激しく乱暴な、摩擦。
 聖霊騎士を象徴する滑らかな生地のケープが、少女の劣情を搾り取る悦楽器具へと堕落する。火でも起きそうな猛速度の摩擦。だが地の聖霊力を練りこまれた緑のケープは、絶妙の柔らかさと刺激を無力な少女に送り込んだ。淫手による責めを遥か上回る極上の快感。妖魔の嗜虐に決して屈することが許されない聖霊騎士にとって、破壊にも似た強引な愛撫は、致命的な一撃となった。
 
「あひゅうッッ!! んきゅうッッ!! ひああッッ!! ふばああああッッ~~ッッ!!」

「今だ! レミーラにトドメをッ!」

 ガクガクとプラチナブロンドを振る美少女が、雌獣の悲鳴を迸らせた瞬間、アヤメによる処刑宣告が下された。
 巫女の責めが透き通るような少女の肢体から同時に離れる。
 煽情の波動が収まったのは、束の間であった。
 ブスリ、という肉の貫く音が響き、昂ぶりを示した少女の萌芽は、2cmほどの針に貫かれていた。
 針の先には、黄金に輝く鈴がそれぞれひとつ――
 
「きゃあああッッ?!!」

「果てよ、大地の聖霊騎士」

 ふたつの乳首とクリトリスとに、『闇巫女』の鈴を縫い付けられた翠玉の戦乙女。
 感覚を操る黄金の鈴が、3つ同時に指で弾かれ澄んだ高音を共鳴させる。
 
「ひゅあああああああああッッッ―――ッッッ!!!!」

 執拗な愛撫で極限にまで感度を高められた性感点に、快感“そのもの”が楔となって打ち込まれる。
 
 ぷしゅッ・・・
 ぶっしゅううううううッッ―――ッッ・・・
 
 スコートを切り取られ、露わになった股間の淡い茂みから、堰を切った聖水が飛沫をあげて噴き出される。
 レミーラの清らかな肢体に三箇所から広がっていく、猛毒のごとき悦楽の侵食。
 肉欲の魔獣に食い尽くされ、衝き上がる快感に意識を吹き飛ばされた無惨な聖少女が、恍惚と苦悶の入り混じった表情を刻んで、自ら作った絶頂の潮に沈んでいく。
 
「まだだ、無様な聖霊騎士よ」

 膝折れるレミーラの両脇が、キキョウとスミレとによってがしりと支えられる。
 
「しぶとい貴様は、この程度では楽にさせん」

「仲間が闘っている間ひとりだけ愉しんでていいの、レミーラ? もっと苦しまないと」

 半濁したレミーラの視界に飛び込んできたのは、巫女に握られた2本の蔦触手。
 その真っ赤な口がピンポイントで狙いを定めて、絶頂の疼きの震源地である胸の突起に吸い付けられる。
 
 ゴキュキュッ・・・コリッ・・・コリコリコリッッ!!
 
「あへひゃあああッッううゥゥッッ?!!! ひぶううううッッ――ッッ!!!」

「性の根源たる愉悦を送られつつ、生そのものを奪われるハーモニーはどうだ? 次はいつまでも涎を垂らしている、だらしない下の口!」

 トロトロと愛蜜をこぼす聖窟に、子宮に届く勢いで蔦触手が突き込まれる。
 
「ひぐううゥゥッッ!!! きゃあああうううううッッッ―――ッッッ!!!」

「吸え、『封印樹』よ。『地』の聖霊力とともに、小娘の淫らな肉蜜も吸い切ってしまえ」

 ビクンッ・・・ビクビクッ・・・ヒクヒクヒク・・・
 
 投げ出された四肢、弛緩した筋肉、開けっ放しの唇・・・
 トロトロとナイトレミーラの全身からあらゆる体液が垂れ流れていく。失神するその合間にも、間断なく繰り返される快楽の絶頂と吸引地獄。肉人形と化した哀れな聖少女に、妖魔の蹂躙が呵責なく浴びせられていく・・・
 
「まだ息があるか。しぶとい小娘が」

 ブロンドの髪を鷲掴みにし、愉悦と苦悶に歪んだ美少女の顔を無理矢理上向かせたキキョウが、苛立ちを隠さずに言い放つ。
 
「こいつひとりに全ての蔦触手が吸い付いてから30分以上・・・予定の時間はとっくに越えているというのに」

「どうやら大地の聖霊騎士の力は、予想以上のものだったらしい」

 キキョウとは対照的な落ち着いた声で、青仮面のアヤメは静かに言った。
 
「当初の4倍の負荷を背負い、官能地獄で愛液を搾られて尚、生命の底をつかんとは。ナイトレミーラ、華奢な肢体に似合わず恐るべき生命力よ」

 脇腹に吸い付いていた蔦触手の一本を、青仮面の巫女がおもむろに引き抜く。
 
「まさか、レフィアらがブリード様を倒してこの場に還ってくると、本気で信じているわけではあるまいな?」

 ヒクヒクと震える陶磁器のごとき美貌が、ゆっくりと嘲るアヤメに向けられていく。
 
「いくら耐え忍んでも無意味だ。ナイトレフィアが生きてこの場に還ることはない。貴様は犬死だ。全てを諦め楽になるがいい」

「・・・あ・・・あふ・・・・・・うく・・・」

 もはや焦点の合わないレミーラの大きな瞳。
 官能の海に溺れ、刻々と生命の源を削り取られていく清楚なる少女。誰が見ても明らかなほど、レミーラの命の灯は消え入る寸前だというのに、パクパクと開閉する唇は不屈の言葉を紡ぎ出す。
 
「・・・・・・これ・・・くらい・・・で・・・ナイト・・・レミーラ・・・・・・は・・・・・・倒せ・・・ま・・・せん・・・・・・」

「・・・ならば、これ以上ない恥辱の最中で絶命するがいい」

 手にした触手をアヤメがグリーンのスコートの内部、引き締まった臀部の奥にある狭穴へと潜り込ませる。
 
「ッッ!!・・・ひぐうッッ!!!」

 強引に菊門をこじ開ける濃緑の蔦。
 アナル内部を遡る触手の肛虐が、さんざん果て尽くした少女に新たな刺激と屈辱を突き刺していく。
 
「くうッ!!・・・あッ・・・んくうッ!!・・・く、ああ、あ・・・・・・」

「狭い洞窟を無理矢理に掘り進められる圧迫と苦痛、粟立つような快感の兆し・・・癖になる味だろう? だが本番はこれからだ」

「くはァッ・・・うくッ・・・・・・あ、あああッ!!・・・」

 重りを下腹部に埋め込まれたがごとき鈍痛。
 ズブズブと挿入された触手が、直腸内いっぱいを占拠したことが、感覚としてレミーラにも伝わってくる。
 
「その昔、作物の肥料として人糞が利用されたことは、貴様も聞いたことくらいあるだろう?」

 一瞬の、空白。
 次の瞬間、アヤメの台詞が意図することを悟った美少女の表情が、蒼白となって凍りつく。
 
「聖霊騎士の体内を巡った排泄物に、ふんだんに沁みこんだ『地』の聖霊力・・・この栄養価豊富な肥料を、『封印樹』に捧げぬ手はあるまい?」

「ッッッ?!!・・・・・・や、やめッッ・・・やめッ・・・てェェッッ!!!」

 狂ったようにかぶりを振るレミーラ。
 高らかな3人の巫女の嘲笑が、懇願する乙女の絶叫を包んで掻き消す。
 
「さあ行け、蔦触手よ。S字結腸を遡り、大腸に詰まった聖霊騎士さまのアレを・・・貪り尽くせ」

 ギュポッ!! ズボボッ、ズブウッ・・・・・・ゴキュ・・・ゴキュウ・・・ゴキュウ!!
 
「いやああああああああああッッ――――ッッッ!!!! やめェェェッッ~~ッッ!!! やめてええェェェッッ――――ッッッ!!!!」

「ホホホホホ! 美味しいか?! 臭いか、『封印樹』よ?! 哀れで惨めで汚らしい聖霊騎士、ナイトレミーラ! 清楚な美少女のアレが吸い出されていくわ! 見よ、レミーラ! 貴様の臭くて汚らしいアレがあんなにも飲まれていくぞ! ホーッホッホッホッ!!」

 ガクン―――
 耐え切れぬように、切り揃えられたプラチナブロンドが垂れ落ちる。
 ブクブクと濁った音とともに、半開きのレミーラの口から、涎混じりの白い泡が途絶えることなく溢れ出す。
 いつまでも続く巫女の狂笑と、幾重にも重なる嚥下の音だけが、悲痛なまでの地獄絵巻に流れていった。
 
 
 
「覚悟はいいか、火焔の聖霊騎士ナイトレフィアよ」

 届くはずもないと確信しつつ、アザミの暗鬱な声がピクリとも動かぬ囚われの少女に掛けられる。
 レフィアの吊り気味の瞳には、もはやあらゆる光が灯っていなかった。
 己の聖武具である長大な槍で太腿を串刺しにされ、伸び切った姿勢で縫い付けられた敗北の聖霊騎士。
 ボトボトと全身から鮮血がこぼれ、破れた真紅の聖衣が布切れとなって大地に落ちていく。魔法陣に捕らえられ、力を封じられたレフィアは哀れな玩具でしかなかった。一方的な嗜虐の果て、今、可憐な火焔の騎士はその17年の生涯を無惨に散らそうとしている。
 
「ブリード様を傷つけたその重罪、死をもって償え」

 アザミの声にあわせるように、触手の先に絡ませたロングソードを巨大妖樹が引いていく。
 レフィアの聖霊力が召還した火焔の両刃剣、スカーレット・アイリス。幾多の邪を葬ってきた切っ先が、本来の主人である真紅の少女騎士に照準を向ける。狙うは胸の中央、光を失いつつある水晶体、コア・クリスタル。『フェアリッシュ・ナイツ』の生命の根源を、妖樹ブリードは粉砕しようというのだ。
 致命的弱点とも言えるコア・クリスタルは、並の攻撃で傷つくようなシロモノではない。
 だが、レフィア自身の聖武具ならば。
 度重なる拷問に衰弱し切った今のレフィアに、己の剣撃を耐える力は残されていなかった。
 
「さようなら、ナイトレフィア」

 ズオオオオオオ・・・
 歓喜か猛りか、一際巨大な葉擦れの咆哮が、天衝く妖樹から降り注ぐ。
 
「あッッ?!!」

 結晶の砕ける音色と、乙女の肉を貫く凄絶音は、同時に響き渡った。
 焦点を結んだレフィアの瞳が、ゆっくりと己の胸を見下ろしていく。
 蔦触手に握られた真紅の長剣は、コア・クリスタルを粉々に砕き、レフィアの胸の中央を根元まで貫き刺していた。
 
 ぶっしゅううううううッッ~~~ッッ!!!
 
 ショートカットの少女の前と後ろで、鮮血の泉が噴き出す。
 ビクビクと痙攣するレフィアの胸から、ロングソードが引き抜かれた瞬間、聖霊騎士の死を知らせるように、信じられない勢いで血柱が立つ。
 粉砕されたコア・クリスタルの結晶が、血に染まった聖霊騎士の周囲でキラキラと光を跳ね返す。
 傍らに立つアザミは、もはや断末魔に震えるしかない少女の脚から長大な槍を一気に引き抜く。
 
 どしゃああッッ・・・
 
 己の作った血溜まりのなか、真紅の聖衣を纏った少女は転がっていた。
 投げ出された四肢。血塗られた肢体。苦痛に歪んだ愛らしい容貌。
 中世欧州を思わすボディスーツをズタズタに切り裂かれ、火焔の聖霊騎士はその生命活動を全て停止して、敗北の大地に接吻をしていた。
 
「火焔の聖霊騎士ナイトレフィア、死亡」

 勝利の余韻を愉しむように、ショートカットの美少女の後頭部を、黒髪巫女の脚がグシャリと踏みつける。
 ゴブリと吐血の残滓がこぼれただけで、レフィアのグラマラスな肢体はピクリとも動くことはなかった。
 
「ではブリード様、こやつの身体に新たな種を・・・」

 屠った人間の肉体に種を植え付け、配下とする・・・そうして妖魔ブリードは、地下の帝国を着々と築きあげてきた。
 ここに新たに誕生する、若く、強力な能力を持った下僕。ナイトレフィアが配下に加わることで、ブリードの帝国はより勢いを増すことだろう。今回の闘いで失った多くの損失を挽回して余りある手駒の誕生に、声なき妖樹の蔦触手が歓喜に打ち震える。
 血の海に突っ伏したレフィアの顔面にうねり近付く、種を含んだ触手。
 洞窟の奥から響いてくる足音に、その動きはピタリと止まった。
 
「・・・誰かと思えば、アヤメであったか」

 ブリードの心情を代弁したようなアザミに、洞穴の闇から姿を現した青仮面の巫女は、静かな口調で応えた。
 
「大地の聖霊騎士ナイトレミーラ・・・我らが手で処刑しました」

「死体を無闇に破損させてはあるまいな?」

「ご安心ください。まもなくこの場に運ばれてくることでしょう」

 アザミの傍ら近くまで歩み寄ったアヤメが、その場に転がるボロボロの真紅の聖少女を見下ろす。
 
「ナイトレフィアの処刑も、完了したようで」

「しぶといヤツだったが・・・コア・クリスタルを破壊されては生きておれまい」

 淡々と語るアザミの声に、わずかに混ざる愉悦の響き。
 退魔の世界において高名を轟かす、伝統と実績ある名チーム『フェアリッシュ・ナイツ』。そのなかでも将来を嘱望されたふたりの少女ファイター、ナイトレフィアとナイトレミーラを葬ったのだ。種の覚醒後は記憶がないというアザミではあるが、その脳細胞には同業者から見た『フェアリッシュ・ナイツ』への特別な想いが刻まれていたとしても不思議ではない。
 勝ったのだ。
 あの『フェアリッシュ・ナイツ』を倒したのだ。それも火焔の聖霊騎士と大地の聖霊騎士を。次世代を担う逸材と噂されるふたりに、完全なる勝利を収めたのだ――
 アザミの胸に湧きあがる感情と余韻は、しかし次の瞬間、霧のように消え失せていた。
 
 ピクリ・・・
 
 動いた。
 錯覚か?! いや、間違いない。確かに、紛れもなく、レフィアの指が動いた。
 バカな。聖霊力を授けるクリスタルを粉砕されて、炎の剣で胸を刺し貫かれて、生きていられるわけがない。
 混乱するアザミの耳に、ダメ押しするような呻き声が流れ込んでくる。
 
「・・・・・・あ・・・・・・うァ・・・・・・」

 苦悶の吐息は、地に倒れ伏したナイトレフィアの桃色の唇からこぼれたものであった。
 生きている。
 疑う余地はない。火焔の聖霊騎士は生きている。残酷な処刑に散ったはずの少女は、完全に動きを止めたはずの肉体を、再び小刻みに痙攣させ始めている。
 
「まさか・・・あの腰バックルのコア・クリスタルか?! あれも破壊せねば、聖霊騎士は死なぬというのか?!」

 『フェアリッシュ・ナイツ』の聖衣に輝く水晶体は、全部で3つ。
 胸と、ベルトバックルの中央と、額のサークレット。そのいずれもが、聖霊力の源コア・クリスタル。
 妖樹ブリードは確かにレフィアの弱点のひとつを破壊した。深刻なダメージが真紅の乙女を襲ったのは間違いない。だが、ふたつめの心臓とも言うべき腰のクリスタルが稼動可能である以上、聖霊騎士を真の意味で死滅させることはできなかったのだ。
 
「なんという生命力! 貴様のそのしぶとさには戦慄を覚える。だが」

 飛び掛ったアザミは、満足に動けぬレフィアの肢体を羽交い絞めにするや、強引に血の海から引き起こす。
 
「いくら蘇ろうと反撃できぬ貴様に勝機はない! こうなれば全てのコア・クリスタルを破壊するまで」

 種を含んだ触手が引っ込み、代わりにロングソードの切っ先が、再び真紅の聖衣に向けられる。
 ブリードも理解している。炎の攻撃でさんざん己を傷つけた憎き赤色の小娘が、未だその鼓動を止めていないことを。胸への一撃だけでは足らない、腰に輝く水晶体・・・これを砕かねば、この小娘は絶命することはない。
 ピタリと定められた、照準。
 腰バックルのコア・クリスタル。胸に続き、腹部を刺し貫くことで、今度こそ妖樹は火焔の聖霊騎士に引導を渡そうとしている。
 
“ち・・・・・・ちから・・・がァ・・・・・・出な・・・い・・・・・・ダ・・・メェ・・・・・・あ、たし・・・・・・殺さ・・・れ・・・・・・”

「・・・あァッ・・・・・・んく・・・・・・アアゥ・・・」

「足掻いても無駄だ、レフィア! 今の貴様には私の戒めから逃れる力すらあるまい? さあブリード様、聖霊騎士に完全なる死を!」

 ロングソードを構えた蔦触手が、瑞々しき少女の肉体に殺到する。
 引き締まった腹筋を、腰の水晶体ごと断絶せんと――
 
 ズパアアアアンンンンッッッ!!!
 
 重厚にして、軽やかな切断音。
 クルクルと旋回して宙を舞うのは、レフィアの愛剣スカーレット・アイリス。
 綺麗な断面を覗かせて切られていたのは、レフィアの胴体ではなく、ロングソードに絡んだ蔦触手の方であった。
 
「なッッ?!!」

 驚愕するアザミの視界に飛び込む、人の影。
 青い仮面を被った黒白の巫女。
 アヤメ?! なぜ、こいつが?! なんのつもり?? 切った。ブリード様の蔦。ソードがあんなに天高く飛んで。アヤメが?! いや、間違いない。裏切ったのか?! こいつ、レフィアを助けおった。どうやって切ったのだろう? 裏切り者は始末。アヤメなのか?! まずい、くる。後ろ回し蹴り。こいつは敵だ!
 全身のバネを使った回転しての蹴りと、懐から取り出した短刀とが交錯する。
 火花飛び散る刹那。
 レフィアともども数mを吹き飛んだアザミの肢体が、脚から着地した瞬間、戦闘態勢を取る。
 
「貴様、アヤメではないなッ!」

 アヤメの、いや、アヤメと同じ姿をした者の青仮面と巫女装束が、中央からパカリと割れる。
 
「アリサの超メイクを見せるのは、これで二度目だったわね」

 勝ち気な二重の瞳に、レモンイエローのボディスーツ。
 特殊技術で強引に伸ばしていた四肢を本来の長さに戻しながら、オメガカルラは凛と響く声で言い放った。
 
「なぜ、生きているッ?!! 貴様は確かに絶命したはず・・・」

「あんた、『フェアリッシュ・ナイツ』のことはよく知ってるみたいだけど、アリサがなんで風天使って呼ばれてるか、全然わかってないでしょ?」

 スッと伸ばした人差し指で、己の胸の中央、赤地にゴールドで描かれたオメガマークのエンブレムを指し示す。
 元『闇巫女』上級ファイターの眼と耳がみつける、かすかな、だが確実な変化。
 錯覚などではない。紛れもなくオメガマークが自ら黄金色に発光し、ヒュウウウという音を洩らしながら何かを吸収している。
 
「風を・・・エネルギーに変えているのかッ?!!」

「そこに風がある限り、オメガカルラは蘇る。仮死状態だったアリサにトドメを刺さなかったのが失敗だったね」

「・・・よくも、この私を謀ったな」

「何言ってんの、最初に騙してくれたのはあんたの方でしょオがッ!!」

 生命活動を停止した肉体が再び復活する・・・破妖師エビルスレイヤー、聖霊騎士とはまた一味違った生命力を持つ退魔集団。
 幾多の超常能力を見聞きしたアザミにしても、驚嘆すべきその能力。だが、衝撃に狼狽する間も、呆気に取られる余裕もない。闘わねば。予想外の邪魔者を、一刻も早く始末せねば。いくら復活したとはいえ、あれだけの破壊を受けたカルラが無事であるわけがない。瀕死。辛うじて息を吹き返しただけの、ギリギリ状態。真っ向から闘ったとしても、今のカルラならば、労せずして今度こそ地獄に送れる。
 アザミの視線が大地に落ちる。
 ナイトレフィアの長槍ヴォルカノン。先程投げ捨てた聖武具が転がっているはず。あれで突き刺す。仲間の武器で殺される苦痛、とくと味あわせて――
 
 ドス・・・
 
「やっぱりあんた、アリサのこと、よくわかってない」

 己の心臓を貫いた槍の穂先を、アザミは不思議そうな視線で見詰めた。
 
「アリサの目的は初めっからナイトレフィアの救出。魔法陣の戒めから抜け出させたら、もう仕事は終わってんのよ」

 アザミの背後に立ったレフィアの両手は、ヴォルカノンを力強く握っていた。
 ショートヘアの下には、哀しみと怒り、同居しないはずのふたつの感情が入り混ざった複雑な表情。
 切り裂かれた真紅の聖衣。こびりついた鮮血の痕。砕かれた胸のコア・クリスタル。すでにボロボロの聖霊騎士。それでも漆黒の六芒星から解放された少女の佇まいは、凛とした闘気に包まれている。
 
「アザミ・・・さん」

 語りかけるレフィアの言葉は、静かなものであった。
 
「あなたに頼まれたブリードの殲滅は、必ず、成し遂げます。だから安心して・・・逝ってください」

「ふ、ふふふ・・・どうやら・・・『フェアリッシュ・ナイツ』を配下に引き込もうとしたのは・・・そもそもの間違いだったか・・・」

 ドス黒い吐血の塊が、アザミの唇を割って出る。
 妖魔化した者の最期を象徴するように、巫女装束の身体がどろどろと溶け流れていく。
 
「いえ、あたしにはわかります。なんで、アザミさんがあたしたちを選んだのか・・・。どこかに残っていたアザミさんの、本当の願い」

「・・・ふふ・・・」

「倒して欲しかったんですね。妖魔に堕ちた、自分を」

 どしゃあああッ・・・
 崩れ落ちた巫女の身体は、気化するように空間に溶けていった。
 長く黒い髪も、黒白の巫女装束も、巨大な魔法陣も・・・アザミにまつわる全ては霞のごとく消滅していく。
 
「仇は・・・必ず取ります。アザミさん」

 荒れ狂う葉擦れの轟音が、上空からレフィアの肢体を叩く。
 怒るか、猛るか、脅えるか、妖魔ブリード。樹界の王よ。
 妖樹を護る操り戦士は、もはや誰ひとりいなくなった。死者を穢す非道の報い、今、その身をもって受ける時―――
 
 巨大樹と正対する、火焔の聖霊騎士。
 ガクンとその身が揺れたかと思うや、片膝をついたレフィアは、激しく肩で呼吸をする。
 
「ちょっと、随分情けないじゃない?」

 レフィアの前方8mの地点で、オメガカルラがからかうような口調で言う。
 檸檬色のスーツとフレアミニに包まれたその肢体は、レフィア同様、大地に膝を屈していた。
 
「そう言うカルラもね」

 ニッと笑ってみせる、火焔の聖霊騎士。
 
「・・・ありがと」

「はァ? この期に及んで何言い出すのよ」

「だってあたしってば、カルラに助けてもらってばっかだもん。なんでいっつも、身を張ってまで助けてくれるの? 亜梨沙って実はいいコ?」

「ちょッ・・・やめてよ、そういう勘違い! アリサはナイトレヴィーナに頼まれた指令をこなしてるだけよ」

「鈴奈さんの依頼?」

「ひとつ、妖魔ブリード殲滅の手助けをすること。ひとつ、そそっかしいナイトレフィアをサポートすること」

 大樹から伸びる褐色の枝が、濃緑の蔦が、決着をつけるべく総動員で天地を埋め尽くす。絡み合い、うねくる触手の大群。槍のごとく貫くもの、鞭のごとく叩くもの、鎖のごとく絡まるもの、棍棒のごとく砕くもの・・・ふたりの戦乙女を抹殺するためのあらゆる攻撃が、発射の瞬間に備えて待機する。
 ブリードも悟っている。終結は近いと。
 聖少女たちに残された体力は枯渇寸前。約束の2時間まで、残り10分もない。
 次の激突で、生き残る者は確定する。
 ゆっくりと立ち上がったふたりの戦士は、咆哮するように樹々の葉を擦りあわせる巨大樹と対峙した。
 
「カルラ、どれぐらい、出来そう?」

「竜哭一発が限界ってとこかな。レフィアは?」

「あたしも変わんないよォ。できて、あと一撃」

 吊り気味の紅い瞳と勝ち気な二重の瞳が、妖樹の一点を見詰める。
 幹の中央、先程集中砲火を浴びせた一箇所。
 
「聞いて、カルラ。あたし、ようやく鈴奈さんがあなたをこの闘いに加えた理由がわかった気がする」

「アリサも、多分、同じこと今考えてた」

「五車連環説では確かに『風』は『地』に弱い・・・でも『風』は」

「そう、『風』は『火』を興す。そして、『火』は」

「『火』は『地』を焦がす、だったよね!」

 構える長槍ヴォルカノンに炎が纏い、頭上に掲げたカルラの両手に風が凝縮されていく。
 妖魔ブリードの枝が、根が、蔦が、暴風となってふたりの聖戦士に殺到する。
 
「炎渦斬陣ッ、プロミネンス・スピアッ――ッッ!!!」

 回転する槍の一撃より放たれた火焔の渦が、真紅の乱流となって巨大妖魔に突き進む。
 
「風砲・竜哭ッッ!!」

 炎と風、掛け合わされるふたつのドリル。
 炎は風によって膨大に勢威を増し、風は炎によって殺傷力を増し。竜哭によって一気に、爆発的に巨大化したプロミネンス・スピアが、炎の龍と化してブリードの幹の中央を貫く。天に広げた巨大な枝葉を凄まじい勢いで包み込む。
 火焔の聖霊騎士と萌黄の風天使、ふたりの力が融合してこそ造り出せた、究極の火焔乱流。
 
 ゴオオ・・・ゴオオオオオオッッ・・・・・・
 
 天に届く巨大な妖樹の全身は、立ち昇る炎でその全てを覆われた。
 『風』によって力を得た『火』が、『地』の怪物を焼き尽くしていく。
 業火が照らす地下異次元の世界に、千年を生きた妖樹最期の悲鳴が轟音とともに流れていった。
 
 
 
「間もなく、2時間になるな」

 深い森林に青い仮面をつけた巫女の声が響く。
 淡々としたトーンに、かすかにこびりついた驚愕。
 目の前にいる翠玉の聖霊騎士が起こす奇跡に、妖魔と化したアヤメは脅威に似た感情を封じることができなかった。
 
 8本の蔦触手に全身を貪られた大地の聖霊騎士ナイトレミーラ。
 本来の4倍にあたる量の聖霊力を奪われるようになってから、すでに一時間近くが経とうとしている。計算ではとっくにレミーラの命は底を尽いているはずであった。だが、まだ可憐な少女は生きている。4倍もの負荷をひとり支えながら、それでも結界の扉を開け続けて仲間の生還を待っている。
 
「こやつ、なんという生命力だ。とっくに限界は越えていように、結局当初予定の2時間を耐え抜きおった」

「どうやらナイトレミーラの潜在能力は、我らの予想の遥か上だったようだ。だが」

 黄色の仮面をつけたキキョウが、レミーラの人形のような顔を強引に上向かせる。
 
「無駄な努力もここまでらしい」

 ヒクヒクと震えるレミーラの唇から、泡混じりの透明な涎が、とろとろとこぼれ落ちる。
 慈愛の光を湛えた瞳は、完全に白眼を剥いてしまっていた。
 
「見よ、3つのコア・クリスタルを。暗く濁って輝きの欠片も感じられぬ。大地の聖霊力は枯渇し、残滓がこびりついているだけに過ぎんようだ」

「いくら待っても誰も還るわけがないというのに。愚かな娘だ。当初予定の時間を迎え、神懸り的な粘りを見せた精神もついに途切れたか」

 嘲る魔巫女たちの声にも、レミーラは一切の反応を示さなかった。
 ゴキュ・・・・・・コキュ・・・・・・キュ・・・・・・
 『封印樹』の吸引する音が、明らかに小さくなっている。
 大地に描かれた漆黒の穴は、急激にその直径を縮めていった。
 
「終わりだ、レミーラ」

 死の宣告が、断末魔に震えるプラチナブロンドの少女に冷ややかに下される。
 
「レミー!!」

 閉じ切る寸前の地下世界への扉から、真紅と檸檬の弾丸が飛び出したのはその瞬間であった。
 
「遅くなって、ごめん! もう我慢しなくていいよ!」

 真紅のロングソードが輝きを放つ。風の刃が唸りをあげる。
 迎撃の態勢を整える間すらなかったキキョウとスミレの仮面が、見事な断面を描いて刎ね飛んでいた。
 
「な、なんだとッ?!」

 リーダー格のアヤメが翠玉の聖少女を振り返る。
 もはや『封印樹』にエネルギーを与える必要のなくなった大地の聖霊騎士は、召還したフェンシングにも似た細身の聖剣で、8つの蔦触手を切り落としたところであった。
 レミーラの突き出したレイピア型ソードが、魔巫女の心臓を刺し貫く。
 体内に残った聖霊力を最期の一撃に搾り出したレミーラは、そのまま緑茂る大地へと倒れこんでいった。
 地に沈む、重々しい響きが続けてふたつ。
 通常の世界を取り戻した深い山奥には、ただ昏睡する3人の少女たちの肢体が、取り残されただけであった。
 
 
 
 エピローグ
 
「前の件が早めにケリつけられたのは、幸運だったわね」

 高貴で、それでいて嫌味にならない簡素な調度品が揃えられた寝室に、低く落ち着いた声が流れる。
 ふたつ並んだイタリア製ベッドにはふたりの少女、変身の解けた火乃宮玲子と各務澪巳が眠っていた。包帯まみれで外傷の目立つ玲子と、著しく体力を低下させた澪巳。危険な峠を乗り越え、ようやくの安静が虎口を脱した少女たちに訪れようとしている。
 玲子の額に浮かんだ汗を拭い取ったこの館の主・初音鈴奈は、ゆっくりと振り返って背後から声を掛けた主を見る。
 癖のないポニーテールが印象的な、長身の美乙女。
 スレンダーな体型はあるべきところに丸みを帯びて、シャープななかにも女性らしさを漂わせている。切れ長の瞳が似合う、玲瓏たる容貌。完成された美しさという意味で鈴奈と比肩しうる美女であるが、どこか可憐な雰囲気を残す初音降魔衆の惣領に対して、このサブリーダーの立場にある乙女はより鋭利さを醸し出している。
 ナイトレイラこと安斎 麗。
 総勢100名を越す『FK』のトップとナンバー2とは、イレギュラーを前にした折には決して見せない表情を浮かべて後輩に当たる少女たちの寝顔を見詰めていた。
 
「ブリードを排除したとはいえ、ヤツに種を植え付けられた低級妖魔は、まだ周囲を徘徊していた。私たちが駆けつけられたから良かったものの・・・」

「麗はまだまだ玲子ちゃんのことが心配みたいね」

 少し肩をすくめた鈴奈が、クスリと微笑んでみせる。
 
「そりゃあそうよ。いつまで経っても詰めが甘いんだから・・・澪巳は澪巳で一歩譲っちゃうところがあるし」

「でもふたりとも、与えられた任務はしっかり完遂させたわよ?」

 柔らかな鈴奈の微笑につられるように、麗の口元がわずかに緩む。
 
「そうね、ブリードを排除したことは、褒めてあげないとね」

 樹林の奥地、突如開けた草原で横臥する少女たちの姿を発見した記憶が蘇る。
 傷だらけの真紅と、消耗しきった翠玉。そしてもうひとり、鮮やかな檸檬色のコスチュームを。
 
「破妖師オメガカルラか・・・『風』を操るあのコがいなければ、この闘いもどうなっていたかわからないわね」

「麗があんまり玲子ちゃんのこと心配するんだもの」

「各方面をいろいろと当たってくれた鈴奈には感謝してるわ」

「ううん、麗の進言は納得させられるものがあったし、私も不穏な予兆は感じていたから」

 伝統ある退魔集団・初音降魔衆の惣領である鈴奈の柳眉がわずかにひそむ。
 『闇巫女』の上級ファイターであったアザミに些少の違和感を覚えていたというのに、確信を持てなかったことが鈴奈の胸を苦しめているのは想像に難くなかった。窮地に陥りながら大役を果たした後輩の少女たちを前に、その本音は複雑なものに違いない。
 
「カルラをサポートとして送ることが、私にできる精一杯だった」

「わかってるわ、鈴奈。結果的にはベストの選択だった。それでいいじゃない」

「・・・ありがとう、麗」
 
「ただ、彼女は一体・・・何者なの?」

 切れ長の瞳には、真剣な光が灯っていた。
 問われた美しき令嬢は、正面から友の瞳を見詰めながら応えた。
 
「・・・実は私も、詳しいことは知らないの」

「え?」

「ただ確実に言えるのは、エビルスレイヤーは実力と誇りを持った退魔集団ということよ」

「そんな不確定な情報しかないのに共闘させるなんて・・・鈴奈らしくないわね」

「そうかもね。でも麗も、感じているものはあるんじゃない?」

 穢れない瞳に見詰められながら、『フェアリッシュ・ナイツ』のサブリーダーは心底からの言葉を紡ぎ出した。
 
「そうね。彼女たちとはまた・・・ともに闘う日がくるかもね」

<了>